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2009年12月30日水曜日

”欠けているものは何かを考えなければならない。”(P.F.ドラッカー)

 
本日の”ドラッカー 365の金言”は、新たな顧客創造のため、イノベーターが行う仕事についての説明。

我々はイノベーションによって、現在提供されている(または提供している)製品やサービスにおいて、”欠けている点”や”成果が思わしくない点”に焦点を合わせ、一見関連性のないものを組み合わせることでそこを補う。

ドラッカー教授は、「イノベーションと企業家精神」の中で、このイノベーションを起こすための着眼点として「イノベーション 7つの機会」を挙げている。

①予期せざること(成功、失敗、出来事)
②ギャップ(業績、認識、価値観、プロセス)
③ニーズ(プロセス、労働力、知識)
④産業構造の変化
⑤人口構造の変化
⑥認識の変化
⑦新しい知識(発明など)

各項目の詳細については「イノベーションと企業家精神」で確認していただくとして、これらの着眼点を元に現在の製品やサービスが”かくあるべき姿”からいかに乖離しているのかを、まずは知覚することからイノベーションはスタートする。

”現状と理想のギャップ”を知覚することは殆どの人が日常生活の中で自然に行っている。問題はそこから先。

”本当に理想の状態はどのような状態を指すのか?”
”具体的に、どの様な方法でその状態を実現するのか?”
”何を組み合わせれば、より少ないリソースで最大限に結果を出せるのか?”

…といった問いに対する答えを見いだす必要がある。

個人的に、このプロセスに必要不可欠だと思うのは、以下の3つの要素である。

①より良い明日を心から願う”未来力”
②人に喜びに貢献したいという”他喜力”
③全ての体験に優劣をつけず、学びを次に活かす”流用力”

一見何もない空き地で友達と遊ぶ子供が新しい遊びを考える時のような、純粋かつ自由な発想が新たなイノベーションを生み出すための重要な鍵を握っていると思うのだ。


Today's Question.
Q:大好きだけどあまり流行っていないあのお店、繁盛させるためにあなたが無償でできることは何ですか?

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1月1日”組織の精神はトップから生まれる。”
明日、大晦日はお休みさせていただきます。8月のスタートから約120日間、当ブログをご愛読いただいたみなさまには心より感謝いたします。来年またここでお会いしましょう。それでは、チェンジリーダーのみなさま、よいお年を!(^_^)

2009年12月29日火曜日

”「同族企業」にとってのキーワードは「同族」ではない。「企業」である。”(P.F.ドラッカー)

 
本日の”ドラッカー 365の金言”は、昨日に引き続き「同族企業」について。国内全企業の9割以上を占める一族によって運営される同族企業が守るべき4つの原則(以下参照)。上手に運営するためには”家族”ではなく、”ビジネス”として再認識することにある、としている。

①一族の人間は、それ以外の者と比べ、少なくとも同等の能力と勤勉さが必要である
②経営チーム(役員や経営幹部)のポストの一つは必ず一族以外の人を就かせる
③重要な地位を一族以外の人に任せるのを躊躇しない
④会社承継について、外部の仲裁者を”一族以外”かつ”現業の取引関係以外”で持つ

上記の内、①と③については当然との認識が浸透していると思うが、個人的に特に重要だと感じるのが②と④だ。

②については、中長期的に考えても適任者を探したり育成すると良いと思う。たった一人でも一族以外の人間がいることで、役員会の場が単なる家族会議にならなくて済むはずだ。これがすぐに実現できなくとも、まずは自分が”仕事の上では一族との間に一線を引いて”プロとしての意思決定に徹することで、ある程度は対応可能かと思う。

一族で行う役員会についても、ドラッカー教授が言うとおり「私は」ではなく「我々は」の言動を貫こう。

④については特に深刻な問題だと考えている。私の周囲を見ると、多くの中小企業のトップ(65~75歳位)はまだ健在であったり、継承者不在のためか、承継プロセスを開始するきっかけが掴めていない。

当社含め、私の周辺で比較的早い段階でスムーズに承継できている企業は、兄弟が協力して承継している場合ぐらいではないだろうか。

残念なことに、トップ(勿論多くの場合は父親)は口では「後継者が育たない」と嘆きながら、実は「死ぬまで現役」と決心しているのではないかとまで感じる様な言動も目立つ。

こうした組織では現状のまま時間だけがずるずると過ぎており、トップの個人的趣味や夢を実現する場になってしまっていたりする。

仮に後継者(多くの場合、息子や婿)がいたとしても、組織内でいつまでも重要な権限と責任を与えられないため、仕事を通じて成長できない自分自身の将来に大きな不安を抱えており、モチベーションも極めて低い。

さらに、しばらくすると現業とは殆ど関係のない、地域の団体等から非営利活動への参加依頼の声がかかる。30〜40代の最も貴重な時間の大部分を、比較的”責任の薄い”現業以外の組織に投じてしまうのだ。

この状態が長引くと、「能力がある自分が会社を継げない原因は、自分ではなく、自分をとりまく環境にある」という認識が強まってしまい、経営者として極めて重要な”自ら全責任を負う習慣”の体得がますます難しくなってくる。

これはあまりにももったいないと思う。実際、事業承継には様々な専門知識が必要となるため、後継者本人だけで進めるのは困難だろう。各当事者の複雑な感情や資産管理も含めて総合的に判断できる、誠実かつ中立的なコンサルタントに出会うと安心だ。(希望があれば、紹介可能です。)

さて、事業承継の話で終始してしまった感があるが、要するに同族だからといって、他の組織と較べて特別なことなどあまり無い。難しいことではあるが、個人的な感情はさておき”組織として、なされるべき事は何か?”が役員会で議論されるまでは、いつまでも社内の失笑や憤りを招くばかりの組織になってしまうだろう。


Today's Question.
Q:トップが後継者や社員を信頼していますか?
Q:役員会の開始時間が守られていますか?

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12月30日”欠けているものは何かを考えなければならない。”
今年も残すところあと2日となりました。明日はイノベーターの仕事について。お楽しみに。

2009年12月28日月曜日

”世界中においてほとんどの企業が同族企業である。”(P.F.ドラッカー)

 
本日の”ドラッカー 365の金言”は、「未来への決断」からの抜粋で、同族企業についての説明。明日のページで紹介されている”同族企業が守るべき重要な留意事項”に繋がる内容となっている。

ドラッカー教授は「マネジメントに関わる文献や講座の多くがプロの経営者が経営する企業に向けたもので、同族企業に関わるものが殆ど無い」としている。

本来、我が国の税法上の定義として、同族企業は「上位3人の株主が保有する株の合計が全体の50%を上回っている企業」となっており、必ずしも一族で経営している企業を指す言葉ではないようだ。

この定義によると、全体の約99%は”同族企業”と言うことができるが、その中でも親族一族による経営を行っている企業は9割を上回ると言われている。

日本は数百年以上続く長寿企業の数が、世界で類を見ないほど多い国で「老舗大国」として有名だが、そうした老舗企業の殆ども一族によって代々受け継がれており、大企業も含め、国内の全企業でおよそ9割の企業は一族によって運営されているのだ。

マスコミによるネガティブな印象だけが強い同族経営だが、個人的には同族でない企業には真似できない様々な強みを持っていると感じている。ただ、多くの同族企業はそうした”強み”を自ら実感しておらず、一族特有の”甘え”に依存して運営してしまうため、社内に失笑されるような経営になってしまう。

役員会において一族だからこそ生じる”軸のブレ”がプロフェッショナルな意思決定を歪めてしまうのだ。これは非常に残念なことで、我々はそうした状況においても、「組織のために何がなされるべきか?」という点に集中しなければならない。

社員が安心して仕事に取り組めるような環境を作るため、同族企業の経営者は何を心得るべきか?明日のページで紹介されている4つの原則を参考にしよう。


Today's Question.
Q:一族の活動が社員を失笑させていませんか?

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12月29日”「同族企業」にとってのキーワードは「同族」ではない。「企業」である。”
同族企業が守るべき4つの原則について説明されています。明日もお楽しみに。

2009年12月26日土曜日

”自由と安全が両立しないならば大衆は安全を選ぶ。”(P.F.ドラッカー)

 
本日の”ドラッカー 365の金言”は、我々が”自由”と”安全”の両立が期待できない場合、”自由”を放棄し、”安全”を選択してしまうことについて触れられている。

このページはドラッカー教授が若干29歳で発表した処女作「経済人の終わり(1939年)」からの抜粋であり、ナチス・ドイツ勃興によるファシズム全体主義が台頭する最中で出版された。

ちなみに、全体主義に馴染みのない方もいらっしゃると思う。下記リンクから大筋の説明をお読みいただければ、現代にも通じる何かを感じることができるのではないだろうか。

「全体主義とは、民衆一人一人の自由、権利を無視しても国家の利益、全体の利益が優先される政治原理、およびその原理からなされる主張のことである。」(Wikipedia「全体主義」)

ナチス・ドイツによる全体主義勃興も、何もヒトラー1人が個人的によるものではなく、何らかの明確な意図に基づいてシナリオが作られた様だ。

ではヒトラーが現れる直前には何が起きたのか?そこにはニューヨークの株価暴落に端を発した世界恐慌(1929年)があった。中でもドイツ国内におけるダメージは甚大で、失業率は30%を上回っていたらしい。

各国、それぞれの方法で恐慌から抜け出す道を模索する中、ドイツやイタリア、日本は戦争に活路を見いだしてしまったのだ。(とはいっても、この3国だけの意図で戦争が勃発したとは信じ難いが。)

全くといって良いほど稼働しなくなっていた工場で働いていた膨大な数の失業者達は兵器の生産や兵士になることで職にありつける様になったのだ。

自らが選んだ政党が、後にこのような信じられない暴挙に出ようとは、当時の国民は誰も想像もしなかっただろう。しかし、これこそが極限的な状況の中で”安全”を優先し、”自由”を放棄してしまった結末なのだろう。

こうして書いていて、当時の状況が今とあらゆる面で酷似していることに気づき、ある意味非常に不安になった。ナチス・ドイツによる全体主義に較べるとよほどマイルドに感じられるが、それだけに我々が気づかぬ内にシナリオが進行しているようにも思える。

それでは今、我々にできることはなにか?

一人ひとりが、自らが本来自由な存在であることを再認識し、”責任ある選択”によってそれを守り抜くことができることを共有することが大切なのかもしれない。


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12月28日”世界中においてほとんどの企業が同族企業である。”
明後日もお楽しみに。

2009年12月25日金曜日

”信仰は人に死ぬ覚悟を与える。しかし、同時に生きる覚悟を与える。”(P.F.ドラッカー)

 
本日の”ドラッカー 365の金言”は、「すでに起こった未来」からの抜粋で、信仰(または信念)によって得られる”死ぬ覚悟”と”生きる覚悟”についてのお話。

原著「The Daily Drucker」でのタイトルは「The Unfashionable Kierkegaard(流行らないキェルケゴール)」となっており、実存主義の先駆者として有名な哲学者、セーレン・キェルケゴール(1813〜1855、デンマーク)の死に対する思想について触れられている。

なぜ”Unfashionable(流行らない)”となっているのかは定かではないが、個人的には彼の思想が人の生き方に責任を持たせる視点であったことから、あまり積極的に受け入れられず、一種の皮肉としてこのようなタイトルにしたのではないかと考える。

実存主義が芽生えるまでの哲学や宗教は、「死は避けられない絶望であり、死後神に救われるためには今を良く生きなければならない」といった考え方であった。

実存主義は、「実存は本質に先立つ」といい、人はみな予め本質(目的)を定められた存在ではなく、”自由の刑に処された”孤独かつ自由な存在であることを受け入れる。避けられない死までの期間をいかに充実させるのかは「今、現にここに存在している私」にとって自由であると説く。

ドラッカー思想の根底に脈々と流れる、私が最も好きな思想「責任ある選択によって真の自由を得ることができる」という概念は、この実存主義にヒントを得たものなのだろう。厳しさの先に待つ無限の可能性を持った世界を一日も早く実現するため、与えられた機会に全身全霊で強みを発揮していきたいと思う。


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12月26日”自由と安全が両立しないならば大衆は安全を選ぶ。”
時に人は自由を自ら放棄してしまう、というお話です。明日もお楽しみに。

2009年12月24日木曜日

”人間の実存は、個と市民という2つの実存の緊張状態においてのみ可能である。”(P.F.ドラッカー)

 
本日の”ドラッカー 365の金言”は、処女作「経済人の終わり(原著1939年、日本版1963年)」からの抜粋で、人の実存についてのお話。

原著では、「キェルケゴール(1813-1855)は、人の存在(実存)は、魂を持つ”個”と、社会における”市民”との狭間に生じる緊張状態によってのみ実現する。」といった説明から始まっている。

このページで話されているとおり、「人が樹木における一枚の葉であったり、社会という肉体の一つの細胞でしかない」と考えれば、人の死について理解することはできる。しかし、それを簡単に受け入れられるかと問われれば、そう単純ではない。

ここでドラッカー教授(執筆当時、なんと29歳!)は、信仰(Faith)によって人は存在する」としている。(個人的にはここで使われているFaithという言葉は”信仰”といった宗教的な概念よりも”信念”や”確信”に近い意味ではないかと思う。)

理性や理屈を超えて「不可能は可能になる」という確信や、「時間と永遠が一体となって生と死には意味がある」という確信によって初めて人は存在しているのだ、としているのだ。

こうして書いていて、小学校の頃に仲良くしていた女の子が、中学に進学してまもなく白血病で亡くなった時の事を鮮明に思い出した。

彼女は小学2年生の頃、イギリスから帰国して私がいたクラスに転入してきた。とても色白で目がブラウンだったため、英語しか喋ることができない彼女が本当に日本人なのか疑ってしまうほど、その姿はイギリス人そのものだった。

そんな彼女は転入後、クラスの全員が信じられないほどの努力を重ね、4年生の時点で国語を含む全ての成績がクラスのトップになっていた。ミニバスにも熱心で、あらゆる事に対して全身全霊で努力する姿はみんなのお手本だった。

英語も話せず、成績もスポーツもそこそこだった私に「Katsumiがクラスで一番好き。」と全員の前で言ってくれた彼女。「将来はスウェーデンの大学を出て、国連で働きたい。」という明確な目標を持っていた彼女がなぜ、病に苦しんだあげく、命を落としてしまったのかは未だに理解ができない。

しかし、彼女はたしかに今も存在している。何事にもひたむきだった彼女の生き様は、それに触れた者全員を通じて社会に受け継がれている。


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12月25日”信仰は人に死ぬ覚悟を与える。しかし、同時に生きる覚悟を与える。”

2009年12月23日水曜日

”救いたりうるものは万物への愛 すなわち精神的なものへの信仰である。”(P.F.ドラッカー)

 
本日の”ドラッカー 365の金言”は、今からちょうど50年前に出版された「変貌する産業社会(1959年)」からの抜粋。精神的な価値への回帰について書かれている。

多くの人にとって物質的豊かさの実現が現実のものとなりつつ中で、再び精神的な価値への回帰が必要とされている事を告げている。

1959年という年は終戦から14年後、1973年のオイルショックまで続く長い高度経済成長期が始まりつつあった年である。

1956年には日本の経済白書で「もはや戦後ではない」といった表現が使われ、宇宙ロケットの発射やバービー人形発売など、爆発的に”物”に対しての価値感が高まっていたという背景がある。

また経済的な急成長の一方で、全体主義者等の支配的洗脳を通じて脅迫や暴力、紛争が絶えず繰り返され、一人ひとりの人権が損なわれていることも想像できる。ドラッカーはそうした中でこそ、「人間とは何か」を改めて問い直す必要性があるとしていた。

人間は単に生物学的・心理学的存在であるだけでなく、神の定めた目的を達成するための創造物であり、神の意志に従う精神的存在であることを再認識してはじめて、現状の中で人間として生き長らえることができるから、人間個人にとっても精神的なものの価値を重んずることが再び必要となってきている。そうすることによってはじめて、肉体的に人類の絶滅が差し迫ってきても個人の存在、目的、責任はその価値を失わないで済むことになる。(P.F.ドラッカー著、現代経営研究会訳「変貌する産業社会」ダイヤモンド社)


”神”という言葉が出てきて違和感を感じる方が多いと思うが、この後の説明では「宗教に帰れ」というメッセージはそう単純な話ではない、としている。

私の解釈では、ドラッカーがこの章を通じて最も伝えたかったことは、人類が「真の自由」を勝ち得るためには体や頭だけでなく、心を重んじる必要がある、といったメッセージだ。

”神の意志”を意識する多くの宗教のように、人として取り組むべき根源的なテーマと向き合うことで、はじめて我々は自らの力で歩み出すことができる。力や知識を誇示したり、なにかに流されたり、権利を主張したりするのではなく、”責任を受諾”することによってはじめてその人の尊厳が保たれ、真の自由や幸福を手にすることができるのだ。

さて、ドラッカーがこの本を書いたちょうど50年前の状態、今の社会とどれほどの違いがあるのだろうか。

以前、”歴史は高次のものとなって螺旋状に動く(12月3日参照)”というページがあったが、まさにその通りであると実感している。一見平和であるように見える今も、全体主義的支配力はより巧みに仕組まれ、今まで以上に「目に見えない力」となって一人ひとりの心さえも支配してしまっているようにも思える。

心の支配から逃れ、一人でも多くの人が「人はどこに向かうべきなのか?」という問いに対する自分なりの考えと自らの強みを持ち寄り、その実現に向けてみんなで切磋琢磨することで真の自由な社会、すなわち”責任ある選択”のできる社会を目指したいものだ。


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12月24日”人間の実存は、個と市民という2つの実存の緊張状態においてのみ可能である。”

2009年12月22日火曜日

”よいことを行うには よい業績をあげなければならない。”(P.F.ドラッカー)

 
本日の”ドラッカー 365の金言”は、「「マネジメントー課題、責任、実践」」からの抜粋。タイトルは「社会的責任の限界(Limits of Social Responsibility)」についての説明で、組織が”よい行い”をするためには、”良い業績”をあげなければいけない、といった内容となっている。

実例としてこのページで紹介されているのは、1984年にインドのボパールで史上最悪の科学工場事故を引き起こしてしまった事で有名なアメリカの老舗企業、ユニオン・カーバイド社の工場(米ウェスト・バージニア)の話だ。

失業緩和のために設立した旧式の工場では利益が出ず、その後の環境対策への要求に対し、抵抗する結果になってしまった。

公式HPを見ると、この工場は1947年に、それまで第二次世界大戦(1939-1945)のはじめより政府に向けてブタジエン&スチレンゴムを供給するための工場を購入したとされており、購入した時点で既に時代遅れの工場であったことが窺える。

終戦直後なので、産業の少ないウェスト・バージニアには大量な失業者が発生していたことや、安い労働力が手に入ったであろうことは容易に想像できるが、組織外の環境は常に変化するわけなので、その時代に即した組織に変化させなければならない。

余談だが、実は当社の創業も1948年に戦争で障害を持つ人やご主人を失った方が働ける”授産所”としてのスタートしたが、その後の時代の変化によって純粋な株式会社として会社設立するに至った。

現業の発展より商工会議所やロータリー、ライオンズクラブ、青年会議所等々、様々な団体での活動を重んじて熱心に取り組む経営者がいるが、我々は現業そのものが社会貢献であることを忘れてはならない。

現業に危機が迫っているときに、その様な外部での貢献活動から離れられない場合、それは単なる「趣味」である。

身の丈にあったレベルで「よいこと」ができるよう、気をつけようと思う。


Today's Questions.
Q:経営状況に合わせて社会貢献活動の規模を変化させていますか?
Q:組織や経営者の貢献活動が内部でどのように評価されていますか?

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12月23日”救いたりうるものは万物への愛 すなわち精神的なものへの信仰である。”
社会の精神的回帰について。明日もお楽しみに。

2009年12月21日月曜日

”内部告発には二面性がある。”(P.F.ドラッカー)

 
本日の”ドラッカー 365の金言”は、内部告発のもつ二面性について説明。ドラッカー教授は、「不正なことを公にする権利は誰もが持っているし、法律違反等の”重罪”と言える程の不正については公にすべきである。しかし、それ以外の内部告発を奨励すると、信頼関係を傷つけることになる」といった見解を示している。

ちなみに、原著「The Daily Drucker」の本日のタイトルは、”The Whistle-blower”となっている。直訳すると「警笛を鳴らす人」という意味で、内部告発者や密告者を指す。

ドラッカー教授は、原著において”重罪”の定義を以下のように説明している。

”部下やその友達、子供、妻が黙っていられない程、著しく正当性を欠いたり、法を犯したりするような上司や組織の不正”

たしかに、最近のニュースではこれらに当てはまらない様な、比較的小さな問題についても当事者間で対処されることなく、公になっているように感じる。

多くの場合は上司や経営者が再三の訴えを放置してきた結果だろう。しかし事細かな点について個人が告発といった権利を行使することにより、組織の存続に影響が出てくるのであれば、慎重に判断しなければならない。

被害者本人や告発者の気を晴らすことはできるかも知れないが、組織に関わるその他の人の生活を危険にさらしたり、主たる顧客に多大な迷惑をかけてしまう可能性もあるのだ。

実際の所、我々はこうした状況を予防することしかできない。そのためには内部告発を奨励するのではなく、諸問題の対処を淡々と進められる”チームづくり”が重要だ。

万一、何らかの問題を知らされても、「え!本当か!?それは大変だ!」と個人的な好奇心に流され、事を荒立ててしまってはいけない。

その問題を組織全体の問題として扱い、「なるほど、ではどうしようか。みんなで検討しよう。」という雰囲気があれば、チームの成長機会として活用することができる。

日常的にこうした話し合いを継続することで、取り扱われる問題のレベルがより高度になり、以前では誰もがタブー視してきた事柄を比較的気軽に自己解決できるようになると感じている。


Today's Questions.
Q:興味本位で告発者の話を聞いていませんか?
Q:自らタブーを生み出していませんか?

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12月22日”よいことを行うには よい業績をあげなければならない。”
明日からクリスマスを意識したページが続きます。お楽しみに。

2009年12月20日日曜日

”社会的機関は最適化ではなく最大化を目指す。”(P.F.ドラッカー)

 
本日の”ドラッカー 365の金言”は、「イノベーションと企業家精神」からの抜粋で、タイトルは「善への誘惑(The Temptation to Do Good)」となっており、最大化を目標にすることの危険性について触れられている。

このページで触れられているとおり、多くの公共サービスは費用対効果を無視してでも”使命の徹底”を道義的に死守しようとする。万が一、一人でもサービスを受けられない人が存在するのであれば、何倍ものリソース(資源)を投じて、それを実現しようとする。

しかし、我々が手にできるリソースはあくまでも有限。際限なく”完全”を追い求めれば、組織自体の存続が危機にさらされることになってしまう。

つまり、”完全なる目標”の達成が、目的達成の障害にもなり得ることを理解する必要があるのだ。

絶対的な目標達成のために貴重なリソースが不必要に浪費されていないか?我々はその兆候を敏感に察知し、未だ最適値に達しない場合には、新たな戦略によって臨機応変に対処しなければならない。

我々は最大化ではなく、最適化を目指すべきであり、そのためには、「いかなる成果を最適値と呼ぶのか」を明確にするべきだ。遠くとも達成可能な目標値(または状態)を設定し、「使命を達成した。」と皆で確認できる地点を定めておく必要がある。


Today's Questions.
Q:完全を追い求めるばかりに貴重なリソースを浪費していませんか?
Q:完全を追い求めるばかりに優秀な人材が流出していませんか?

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12月21日”内部告発には二面性がある。”
内部告発の奨励は組織の信頼を弱体化させます。明日もお楽しみに。

2009年12月19日土曜日

”提携は成功した後 深刻な問題を生じやすい。”(P.F.ドラッカー)

 
本日の”ドラッカー 365の金言”は、「未来企業」からの抜粋で、提携成功の後に生じやすい問題について、5つの原則(以下参照)を守ることによって大抵は予防可能である、とされている。

提携の5つの原則:
①自らの目的と、提携の目的の両方を明確にする
②いかにして提携をマネジメントするのかを合意しておく
③誰が提携をマネジメントするのかを決めておく
④提携についての責任の所在を明確にしておく
⑤意見の不一致をいかに解決するかについて合意しておく

冷静に考えるとまったくお粗末とも言える話だが、たしかに提携前には真の目的について自らの組織も、相手の組織も明確になっていないことが多々あるように思う。結果、両組織が提携によって実現したいと思うビジョンが共有されない内に”結婚”してしまう。

提携当初はそれなりの成果を上げられるが、その後、「え、あなた方はそちらに行きたかったんですか? わたし達は行きたかったのはこちらだったのですが……」というベクトルの不一致が顕在化してくる。

また、提携している仕事が安定していたとしても、両組織の他の仕事の状況変化が提携関係に及ぼす影響は極めて大きい。全体の仕事の中で、その組織にとって”この提携”がどのように位置づけられているのか?

その温度差を常に感じるためには、TV電話やメールだけでなく、実際に経営幹部が行き来することが大切であると思う。提携先との定例の打ち合わせには交互に経営幹部が(できれば現場のリーダー等も連れて)相手組織を訪れるかたちが望ましいだろう。

そして、そこで感じた若干の違和感をタブーにせず、腹を割って話せる対等な信頼関係を築いていきたいものだ。


Today's Questions.
Q:相手側の組織は、提携を通じて将来どのようになりたいと感じているでしょうか?
Q:そのビジョンを相手に伝えていますか?
Q:両組織の現場リーダー層同士は仲が良いですか?

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12月20日”社会的機関は最適化ではなく最大化を目指す。”
”絶対”を目標にすべきではないというお話。明日もお楽しみに。

2009年12月18日金曜日

”事業において重要なことは法的な所有関係ではない。経済連鎖である。”(P.F.ドラッカー)

 
本日の”ドラッカー 365の金言”は、所有ではなく、提携や合弁等、パートナーシップとしての海外進出の有効性について。海外進出においては、経済と政治を分離して考慮することの重要性について書かれている。

今後はますますグローバル化が進み、中小企業においても数カ国を股にかけて仕事するといったケースは当たり前になってくるものと思う。ドラッカー教授は、その拠点を全て独資に拘って構築しようと思っても難しいと説いている。

当社にも過去に苦い経験があるが、全く異なる政治や文化の中、純粋な経済活動以外に配慮しなければならない要素が無数に生まれ、その調整に必要となる時間や費用は当初の想定の何倍にもふくれあがってしまうことがある。

我々は海外進出を図る時、「なぜ独資で拠点を確保する必要があるのか?」と自ら問う必要があるだろう。

純粋に、事業戦略としての”なされるべき”海外進出だろうか?

企業買収の際と同様に、財務戦略として考えているのであれば、今一度パートナーシップによってその目的を実現する方法を再考すべきだと思う。海外進出にかかるコストは予測不能な場合が多いからだ。

以前、インドネシアのジャカルタにあるジェトロ(日本貿易振興機構)の事務所を訪れた際、こう言われた。

「もし万が一、この国で事業所を持つことを検討されるなら、まずは御社の経営幹部の誰かが最低でも2〜3年、ビジネスは何もせずこの土地に住んでから検討しないと、失敗する確率が高いでしょう。」

インドネシアはあまりに物事の考え方や商慣習が日本と異なるため、まずはそれに慣れる必要があるということだった。人員も多く、海外進出に慣れた大手なら分かるが、中小企業には極めて難しい。

どの国にも、日本のような”全国民に一貫して認識されている常識”の様なものは存在しない。まずは進出の目的を明確にし、”ローカル・ルール”は可能な限りローカルに任せる。パートナーシップによって目的の経済活動に集中する仕組み作りを検討しよう。


Today's Questions.
Q:なぜ独資での海外進出が必要なのでしょう?
Q:パートナーシップだと、何が障害になりますか?


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12月19日”提携は成功した後 深刻な問題を生じやすい。”
提携の5つの原則についての説明です。明日もお楽しみに。

2009年12月17日木曜日

”買収された側は「彼ら」に対して身構える「われわれ」になる。”(P.F.ドラッカー)

 
本日の”ドラッカー 365の金言”は、企業買収を成功させる6つ目の原則についての説明。買収後数ヶ月の内に両社の人間を相互に異動させ、昇進させることの重要性について書かれている。

このページには、買収した側と買収された側の間に生まれる「目に見えない鉄のカーテン」が消えるのに一世代を要する、と書かれているが、私が知る限り、それ以上続いている組織も存在するようだ。

本日のページを通じてドラッカー教授は、”一人ひとりが買収を機会として捉えられる環境を整えなさい”と伝えている。

たしかに、長く”鉄のカーテン”が続いている組織には「(買収には)何のメリットも無かった。メリットがあったのはトップだけだ。」という雰囲気が蔓延しているように思え、社員の目に情熱が感じられない。

しかしこれでは優秀な人材から出て行ってしまう組織となり、加速度的に弱体化してしまう。買収後、優秀な若手のマネジメントや専門家の流出を防ぐには、今まで以上のやりがいを提供することが必要なのだ。

ドラッカー教授は、ハーバードビジネスレビュー( 1965年 11-12月号)の「企業が魅力的であるために」という論文において、「優秀な若者が求めるのは、やりがいと機会、知的且つ金銭的見返り、社会的且つ倫理的リーダーシップである。」とし、このように語っています。

「私は『あの新入りに(優秀な若手マネージャー)この仕事は小さすぎる。もっと大きな仕事にしよう。』という声を聞いたことが殆どありません。しょっちゅう耳にするのは、『あの若造には、この仕事は重すぎる。もっと軽めな仕事をさせよう。』という声です。」(ピーター F. ドラッカー)


買収後は、双方の優秀な人間を入れ替え、”今までと同様の仕事ぶりでは処理できないレベルの難しく重要な任務”を与えよう。その結果、優秀な人材はその場に初めてメリットを感じ、リーダーとしての能力を自ら高める必要性を感じるのだと思う。


Today's Questions.
Q:トップ自らが買収後の組織を一つの大家族として捉えられていますか?
Q:「あの仕事は優秀な彼でないと…」といって、同じポジションで仕事をさせていませんか?


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12月18日”事業において重要なことは法的な所有関係ではない。経済連鎖である。”
本日で企業買収についてはおしまい。明日からは業務提携についてのお話です。お楽しみに。

2009年12月16日水曜日

”買収された側のトップにしてみれば事業は自分の子供である。”(P.F.ドラッカー)

 
本日の”ドラッカー 365の金言”も、「マネジメント・フロンティア」からの抜粋で、企業買収を成功させる5つ目の原則についての説明。企業買収後、買収された側の組織に1年以内にトップマネジメントを送り込むことの重要性について記されている。

本日の内容によると、買収された側のトップは一旦買収が完了した後にすぐ組織を去ってしまう可能性が高いので、それに備えてなるべく早い段階で買収した側からトップマネジメントを送り込むことが重要、ということだった。

説明されている通り、買収される側の社長がオーナー社長であれば、会社に対する思い入れは強いとしても、大金を手にしているし、人の下で働くことはできない。雇われ社長であれば別の組織に移動できる。

買収した後も、それまでそこにいたトップに組織運営を任せるようなことがあってはいけないのは誰にも分かることだと思うが、この点が重要であると経営者に認識されてきたのは、ここ数年のことではないだろうか。

それまでの買収では現場で「社名は変わったが、他は何も変わらない。」といった言葉をよく耳にしたものだ。

数年前までは、”買収=敵対的買収”という誤った認識が当たり前になってしまうほど、上手な買収をする組織が無かったように感じる。

しかし最近では、少なくとも私の周辺で見る製造業の買収は、純粋に事業戦略に基づいた買収が多く、プレスリリースに先立って頻繁に両社のトップや管理職層(部長クラス)が打ち合わせを行いながら戦略を詰めていると聞いている。

確執が全くない買収など無いだろうが、こうした慎重かつ誠実な人間関係の構築が、買収後の組織運営を円滑にするための鍵を握っているに違いない。タイトルの通り、買収された側のトップからすれば、事業は自分の子供の様なものであって、そこで働く人がぞんざいに扱われるようでは買収は失敗に終わってしまうはずだ。


Today's Questions.
Q:異なる業種でも通用する様なリーダーを育成していますか?
Q:そうした分野でリーダーを勤める可能性について、その人は自覚していますか?

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12月17日”買収された側は「彼ら」に対して身構える「われわれ」になる。”
買収後の人事異動と昇進についてのお話です。明日もお楽しみに。

2009年12月15日火曜日

”企業買収には事業間に体質の一致がなければならない。”(P.F.ドラッカー)

 
本日の”ドラッカー 365の金言”も、「マネジメント・フロンティア」からの抜粋で、企業買収を成功させる4つ目の原則についての説明。買収される側の事業や価値観に対して敬意を持つことの大切さについて書かれている。

”財務ではなく事業で。”という第1の原則も大切だが、個人的には、この第4の原則が企業買収の成否を大きく左右する鍵を握っている様に思う。というのも、買収後の組織を訪れるあらゆる人(顧客、取引先業者など)が事務所に入って瞬時に感じられる程、この”心の溝”は外部に露呈されることになるからだ。

では、なぜこのような溝が生まれるのか?

その全ての責任は買う側のトップにあるのだろう。買収のプロセスを通じて表面化する現場の人間関係ほど、買う側の”トップの器”をそのまま投写するものは無いかも知れないと常々感じている。

トップが買収を意識し始めるその瞬間から、人としての対等性が全くと言って良いほど失われているように感じる。それはまるで「車のハンドルを握ると乱暴になる人」の様に、それまでは温厚だった人(経営者)が変わってしまうのだ。組織の名の下に、相手の組織や人を自らの下においてしまう。

しかし、事業の目的は”顧客の創造”であり、買収の目的もより多くの顧客を創造するための意思決定のはずだ。

なぜトップは買収を意識するとそうなってしまうのか?

買収するという事実が「勝者の証」のごとく、”目立つ”からではないだろうか?こうした相手に対する敬意の欠如が引き起こす”心の溝”をより強く感じる組織のトップは、”戦い抜いてきた雇われ社長”であることが多い。

買収は新たな顧客創造のために実行するにも関わらず、有頂天になってしまい、それを自らの功績であると勘違いしてしまう。これは自ら事業を興す難しさを知る創業社長にはあまりないことだと思う。

中小企業の間にも買収は身近な存在になってきているので、いつその様な展開があるかは分からない。本日のページを通じて分かった事は、買収のための心の準備は、今始められるということ。いかなる場面であっても、対等性を重んじた行動に徹し、その時に備えていきたいと思う。

最後に原著「The Daily Drucker」にて、本日のページの最後にある部分を引用しておこうと思う。

Sooner or later, ussually sooner, a business requires a decision. People who do not respect or feel comfortable with the business, its products, and its users in variably make the wrong decisions. (P.F. Drucker, "The Daily Drucker", p.381, Harper Business)

遅かれ早かれ、(多くの場合、すぐに)事業において意思決定が必要となる。変化するビジネスや製品、消費者に対して敬意を払わなかったり、違和感を感じる人は、誤った判断を下してしまう。(同上 中村克海訳)



Today's Questions.
Q:車を運転すると強気になったりしませんか?
Q:業者の方を下に見ていませんか?

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12月15日”買収された側のトップにしてみれば事業は自分の子供である。”
買収後、放置してはいけません。明日もお楽しみに。

2009年12月14日月曜日

”企業買収には共通性 少なくとも類似性が必要である。”(P.F.ドラッカー)

 
本日の”ドラッカー 365の金言”は、買収における多角化には何らかの共通点や類似性が必要である、といった内容。

”金による所有では不十分”とする昨日の内容と同様に、市場、技術、業務プロセス等のいずれかにおいて共通項がなければ成功することはない、とドラッカー教授は断言している。

本日のページには高級市場で多角化を図るフランス企業の話が取り上げられているが、最近のニュースでは、Appleによる買収が予定されるデジタル音楽のストリーミングサービスのLala社の話が良い例だと思う。

Appleは現在、iTunes Music Store(iTMS)を通じて楽曲などのダウンロード販売をしている。一方でLala社は1曲10セントで無期限ストリーミング再生できるサービスを販売している。

技術的視点で見ると、両者のビジネスモデルは似て非なるものだが、勿論この買収でもっとも大きな共通項は「音楽が大好きな人達」といえるだろう。

Lala社のサービスがあれば、今までのように、自分がCDから録音したり、ダウンロードして購入しなくても、iPhoneの様な通信機能と小さなメモリを持つ端末があれば「いつでも、どこでも、どんな曲でも、”いくらでも”」聴くことが可能になるのだ。

2005年に登場したiTMSが我々にとっての音楽を一変させた様に、再び大きな変革が起きるのではないかと思う。そして、この恩恵を受けるのは従来の顧客だけではない。

これまでの顧客が一部の「音楽が”大好きな”人達」だったと考えると、今後は「音楽が好きな人達」にその裾野が広がるのではないだろうか。


Today's Question.
Q:パートナー(恋人・夫婦・取引先等)との間で見つけられる共通項はどのようなものでしょうか?

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12月15日”企業買収には事業間に体質の一致がなければならない。”
精神的な側面が企業買収の成功を左右します。お楽しみに。

2009年12月13日日曜日

”企業買収は、買収する側が買収される側に何を貢献するかによって成否が定まる。”(P.F.ドラッカー)

 
本日の”ドラッカー 365の金言”は、「マネジメント・フロンティア」からの抜粋。買収する側から買収される側に提供されるべき”貢献”の重要性について書かれている。

よく企業買収のニュースが流れると、「ああ、あの会社(買収する側)が儲かっていて、儲かっていないあの会社(買収される側)を買ったんだ。」という認識が広まるが、実際はそう単純でない。

本日のページでは「金で十分ということはありえない。(Money by itself is never enough.)」とされている。両者の強みと補われるべき点をよく把握した上で、買収する側が買収される側に何らかの強みを提供できなければ、その買収は失敗に終わる可能性が高いという意味だ。

マネジメント能力、技術、設備、市場、流通など、資金以外にいかなるリソースをもって貢献ができるのか。買収される相手が喜ぶものをいかに提供できるのか。

こうして考えると、ある意味、買収も”(パートナーとしての)顧客の創造”なのかも知れない。買収される側の企業は”主たる顧客”ではないが、”パートナーとしての顧客”という視点で考えれば、その協力を得て初めてシナジー効果が実現するわけだ。

買収される側の立場を深く理解した、心の通ったマーケティングが、社会にとって有益な企業買収を増やすためのヒントなのかも知れない。


Today's Questions.
Q:家族に対し、(あなたは)いかなる強みをもって貢献していますか?
Q:組織に対し、(あなたは)いかなる強みをもって貢献していますか?

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12月14日”企業買収には共通性 少なくとも類似性が必要である。”
企業買収には何らか「・・つながり」が必要です。明日もお楽しみに。

2009年12月11日金曜日

”企業買収は成功してしかるべきものである。しかし、実際に成功しているものは少ない。”(P.F.ドラッカー)

 
本日の”ドラッカー 365の金言”は、企業買収を成功させる方法についての説明。約一週間は企業買収と提携に関する説明が続く。

当社にとって企業買収の話はあまり身近とは言えない。しかし、これらのページを拡大解釈することで、組織内部にも応用することができると同時に、企業買収自体についても以前より前向きに考えられるようになった。

ドラッカー教授は、企業買収はもっと成功していてしかるべきであり、多くの失敗の原因は以下の6つの原則を守っていないことにある、と言う。

①財務戦略ではなく、事業戦略に基づいた買収か?
②買収する側が、買収される側に貢献できるか?
③両者が何らかの強みを共有できるか?(市場、マーケティング、技術、卓越性等)
④買収する側が、買収される側に敬意を持っているか?
⑤買収した側が、買収された側に、遅くとも一年以内にトップ・マネジメントを送り込んでいるか?
⑥買収した側と買収された側で多数の人を昇進させているか?

企業買収は、”財務的な戦略”に基づく一方的な攻撃という悪いイメージだけがメディアを通じて浸透してしまったが、社会にとっては”なされるべき”買収も身近な場所に多々あると思う。

例えば、近所で美味しい飲食店。美味しくて安い食材の仕入れルートや料理の腕は類い希なものがあって、経営者は真剣そのものであっても、マーケティングやマネジメント、技術継承の知識が全くないことから経営難に陥っていたりする。

この様な”社会にとって「残すべき強み」”を残し、強化する事が、良い買収や提携によって可能なはずだ。

企業買収の後の組織を訪れると、あらゆる人の表情が暗く、お互いに弱みを指摘しあっていて、それが永遠に続く気配さえ感じるが、事業戦略無しに、全くの財務戦略のみで企業買収が行われることは非常に稀だと思う。

事業戦略的に何らかの意図があったはずだが、現業を担う現場にその意図が全く伝わっていなかったりするのだ。説明不足の状態が長引けば長引くほど、溝は深まってしまう様だ。

人間関係と同様、対等な立場で改めてお互いの持てる強みに焦点を合わせ、社会にとって重要な強みの強化に集中していただきたいと常々感じる。


Today's Question.
Q:どの様な組織を買収したら、上記6つの原則をクリアできますか?他業種も含めて検討してみましょう。

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12月13日”企業買収は、買収する側が買収される側に何を貢献するかによって成否が定まる。”
明日は”財務より事業”というお話なので、お休みします。明後日またお会いしましょう。

2009年12月10日木曜日

”投資と人事が、優れた業績をあげるか貧弱な業績しかあげられないかを左右する。”(P.F.ドラッカー)

 
本日の”ドラッカー 365の金言”は、投資と人事について。11月23日の”全体と未来にかかわることはトップマネジメントの専管である。”の中で、トップマネジメントによって意思決定されるべき3つの仕事(下記)について触れた。

①市場と価値観の決定
②資金の配分
③人材の配置

ドラッカー教授は、トップマネジメントは上記3つの様に、常に組織の全体と未来に関わる仕事に集中するよう勧めている。

本日のページはその内の2つ。投資(資金配分)と人事(人材配置)という”経営リソース”の再配置におけるフィードバック分析の必要性について触れられている。大きな意思決定は効率低下等の一時的な(場合によっては恒久的な)リスクを伴うので、それらの意思決定が結果どうであったかを確認する責任がある。

単に上記の3つの仕事をすれば良いというわけではなく、ドラッカー教授は、これらの仕事の責任は全てトップ・マネジメントにあり、環境や人(部下)に失敗の責任を押しつけてはならない、と強く言う。

ことに人事については、長期に渡って影響をもたらす意思決定であるため、じっくりと時間をかけて判断すべきだ。

ドラッカー教授のコンサルティング経験の中でも、プロの経営者として有名な、GMのアルフレッド・スローンJr. (1875-1966)(Wiki
による人事に対する慎重な意思決定スタイルは、その後のドラッカー思想に多大な影響を及ぼしたようだ。

分権制や権限委譲で有名なアルフレッド・スローンJr.は、人的リソース最大化のため、GMという巨大な組織の職長クラスまでに至る人選に彼のかなりの時間を割いていたというから驚きだ。

誰よりも効率を重んじたアルフレッド・スローンJr.が、人事にそれだけの時間をかけたという事実。明日行う意思決定の精度を高めるため、彼がどれだけフィードバックを重んじていたか容易に想像ができる。


Today's Questions.
Q:トップ自ら、意思決定の失敗と向き合えていますか?
Q:いかにしてその様な失敗が再発しない様にできますか?

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12月11日”企業買収は成功してしかるべきものである。しかし、実際に成功しているものは少ない。”
なぜ企業買収は失敗するのでしょう?明日もお楽しみに。

2009年12月9日水曜日

”誰かにできることは他の者にもできるということである。”(P.F.ドラッカー)

 
本日の”ドラッカー 365の金言”は、ベンチマーキングについて。ドラッカー教授は、まず手始めとして、昨日登場したEVA(経済的付加価値分析)とベンチマーキングの手法を活用し、自らの組織の競争力を知るのは大事なことだ、と説明している。

Wikipediaによると、"ベンチマーク"とは元来、測量において利用されてい”水準点”を指す言葉だそうだ。工事の際、動かないものを基準(ベンチマーク)としてその他の位置を決定するのだが、現代の「ベンチマーク」は、それらの比較プロセス全体を指して使われるのが一般的だ。

組織運営において、確かにベンチマーキングによる指標の比較は有効だが、数値化することによって失われるものがある事も、我々は知っていなければならない。

数字は、人の依存を生む。

組織の内外にはあらゆる数字が転がっているが、手当たり次第に数値化できそうなものからベンチマーキングを始めると、際限なくムダな作業にリソースを割くことになりかねない。

”顧客不在のスペック主義”に走ってはならない。

われわれの使命は何か?
われわれの顧客は誰か?
顧客にとって価値あることは何か?
われわれの成果は?

この辺りの問いを意識しながらベンチマーキングすることによって、より少ない指標で使命の達成への選択と集中が可能になるのだと思う。


Today's Question.
Q:あなたの組織のベンチマーキングは”顧客の創造”に繋がっていますか?

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12月10日”投資と人事が、優れた業績をあげるか貧弱な業績しかあげられないかを左右する。”
ドラッカー教授は、トップは人事に最も多く時間を割く必要がある、としています。明日もお楽しみに。

2009年12月8日火曜日

”資本コストを超える利益を生み出さないかぎり富を創出したことにはならない。”(P.F.ドラッカー)

 
本日の”ドラッカー 365の金言”は、生産性をより正確に把握する方法として、EVA(経済的付加価値分析)について説明されている。

個々の活動において”本当に利益が出ているのか”把握できなければ、正しい評価測定ができず、未来に向けた資金計画も”絵に描いた餅”となってしまう。

ドラッカー教授は、一見、利益を上げているかのように見える活動も、資本コスト(資本の調達や維持に必要なコスト)を上回っているか確認することで、真の利益率を把握するべきである、としている。

”資本コスト”とは、調達資金が自己資本の場合は、配当金やキャピタルゲイン、他人資本の場合は借入金の支払い利息等を指し、通常はパーセンテージで表す。

EVAの算出方法
「経済的付加価値=(税引後営業利益)-(投資資本×資本コスト率)」

私のような財務の素人であっても、「全ての出費を差し引いた上で、利益がどれだけ出ているのか?」というEVAの概念は至ってシンプルで社員にとっても分かり易い。部門別会計においても活用できそうなので、今後少しずつ導入を検討していこうと思う。

注:固定資産やリースに対しては別途注意が必要


Today's Question.
Q:EVAで計算すると赤字になる部門がありますか?

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12月9日”誰かにできることは他の者にもできるということである。”
明日はベンチマーキングのお話です。お楽しみに。

2009年12月5日土曜日

”問題は技術ではない。ものの考え方である。”(P.F.ドラッカー)

 
本日の”ドラッカー 365の金言”は、価格主導型コスト管理の重要性についての説明だ。

11月17日のページで紹介されていた通り、自動車の大量生産で有名なヘンリー・フォード以前の自動車は、独占的な地位の下、意図的に生産量を抑えることで価格を引き上げるのが常とされていた。

売る側の視点によって、必要なコストを積み上げ、そこに欲しい利益を乗せたものが価格とする方法を「コスト主導型価格設定」と呼ぶ。

一方で、最近発表されているハイブリッド自動車は、競合メーカーの価格を意識しつつ、同様の自動車を求めるターゲット層に受け入れられる価格を設定し、その価格で利益を確保するためにはどの様なコスト管理を行うべきかを決定する。これが「価格主導型コスト管理」である。

経済連鎖全体を考えれば、今日の価格設定は後者の「価格主導型コスト管理」が主流となる。

勿論、卓越した専門技術によって”関所”をつくり、高い価格設定をすることは可能だが、以前”関所戦略”について書いた際にも触れた通り、顧客を無視した価格を設定することで、顧客や競合メーカーが他の道を探す隙を与えてしまうので常に気をつける必要がある。


Today's Questions.
Q:あなたの組織ではどちらの価格設定が主流ですか?
Q:現行の価格に対し、顧客はどう感じているでしょうか?

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12月8日”資本コストを超える利益を生み出さないかぎり富を創出したことにはならない。”
明日と明後日の2日間は、以前の記事と重複する部分が多いため、お休みさせていただきます。次回は12/8(火)、EVA(経済的付加価値分析)についての説明です。お楽しみに。

2009年12月4日金曜日

”価格とコストに関する情報を抜きにして成果を上げることはできない。”(P.F.ドラッカー)

 
本日の”ドラッカー 365の金言”は、ABC原価計算(Activity-Based Costing)等の新しい視点によるコスト管理についての説明だ。

ドラッカー教授は、顧客にとっての価値と、それを提供するために要した資源についての把握なくして成果を上げることはできない、としている。

また従来の会計手法は、単に金銭の動きを記録するにとどまっていたが、現代のコスト管理においては、事業の目的や成果を明確にし、活動に変化をもたらすことが可能になるという点で、従来とは全く異なるとし、その代表的なコスト管理手法として、”ABC原価計算”や"EVA:経済付加価値分析(Economic Value Added)"等について触れている。

この2つについては比較的分かり易い説明を見つけたので、そちらをご参照いただきたい。

ABC原価計算(ITproより)
EVA:経済付加価値分析(CIO Onlineより)

先日、スタッフ部門(非収益部門)と現業、現業部門(収益部門)について触れたが、本日の内容のように、スタッフ部門の仕事であっても、スタッフ部門の人間が現業をより深く理解することによって、大幅な財務体質改善を図ることが可能になる。

そのためにも、スタッフ部門(特に経理)のベテランを現業部門に移動させると効果的だ。現業部門の人間はどうしても積み増し式だけのコスト主導型に固執してしまいがちなのに対し、スタッフ部門の人間が現業を理解し始めると、組織が目標とする利益を確保するために、「どの活動を、どのように変える必要があるのか?」と探ることができる。


Today's Questions.
Q:あなたの組織では、”コスト”を、何種類の視点で比較していますか?
Q:それがどのようにして、組織の意思決定に影響をもたらしていますか?

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12月5日”問題は技術ではない。ものの考え方である。”
明日もコスト管理のお話として、”価格主導型コスト管理”についての説明です。お楽しみに。

2009年12月3日木曜日

”歴史は循環する。だがもとの位置に戻ったかに見えても内容はより高次のものとなる。それは螺旋状に動く。”(P.F.ドラッカー)

 
本日の”ドラッカー 365の金言”は、繰り返される様に見える歴史は、常に高度化しながらコークスクリューのような道を辿るため、既存の組織において起業家精神の育成が不可欠である、といった内容となっている。

私は「今回の『世界同時不況』は、前回の不況『ITバブル崩壊』とどの辺りが違うと思いますか?」という問いをタクシーに乗ると運転手の方に聞くようにしている。

赤坂で聞いても、地元(静岡)で聞いても、似た答えを聞くことができた。大方彼等の答えは、「スピードが全く違う。」というもので、その詳細は以下の様なものだった。

「ITバブル崩壊の時は、みんな何が起きているのか分からず、不況の実感がじわじわ浸透した感じがあるけど、今回は全く違ったね。リーマン破綻のニュースが流れた次の日の朝から、お客さんが全く乗らなくなっちゃったんだよ。そんな時には給料が減ってるわけじゃないはずなのにね。」

確かに製造の世界でも、あのニュースが流れた途端、業界全体が急ブレーキをかけたようにストップした感があった。多くの人が同じ媒体を見ている日本の情報伝達速度は他国を圧倒するものがあると思う。どんな僻地に行ってもトップニュースが数日内伝わる様な国は他に存在しないのではないだろうか?

今回は、深刻な不況がたった一晩にしてやってきたわけだ。

この様に、同じ様に見える不況にも必ず以前とは異なる点が存在する。「不況の後にはかならず好景気がくるものだ。だからじっとガマンしていればいい。今までもずっとそうだった。」という方もいるが、個人的には「本当にそうですか?」と感じる。

不況の定義とは何か?これは本当にイレギュラーなのか?今までの不況と何が違うのか?その環境で生き抜くには、今何をする必要があるのか?万一、それ(不況)が当たり前になったら、どの様に生き延びるのか?という問いから目を背けてしまう傾向がある。

様々な事象にアンテナを張りながら、これらの問いの答えを探し続ける義務があると感じるのだ。ドラッカー教授がこのページを通じて伝えたいのは、常に考え抜き、脅威を機会として捉えなさい、というではないだろうかと思う。


Today's Questions.
上の問いをご参照ください。

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12月4日”価格とコストに関する情報を抜きにして成果を上げることはできない。”
ABC原価計算等、コスト管理についての説明です。明日もお楽しみに。

2009年12月1日火曜日

”もしそれが意味ある変化であるならばいかなる機会をもたらすか。”(P.F.ドラッカー)

 
本日の”ドラッカー 365の金言”は、社会生態学者(Social Ecologist)についての説明だ。

自らを”社会生態学者(または観察者)”と称していたドラッカー教授は、”すでに起こった未来”を敏感に察知しながら、あえて変化の先頭に立ち、その作り手となることが現代のような乱気流の時代において生き残る唯一の方法だ、と説いた。

そして本日のページでは社会生態学者の仕事として、以下の3つを挙げている。

①すでに起こった変化で通年に合わないものは何か?あるいは、パラダイム・チェンジ(ある時代の集団を支配する考え方が劇的に変化すること)は何か?を問いつつ、社会を観察すること。
②その変化が本物であることを示す証拠があるか?
③もしそれが本当であるなら、いかなる機会をもたらすか?

何十年も同じカタチで続いてきた社会構造が、一気に転換する時、多くの人は「知らぬ間に…」と言うが、実はその兆候はあらゆる場所で、あらゆる人に目撃されている。

自分が興味のある領域だけに注目してしまいがちな我々は、直接的に関係のない(と誤解している)事象については全く鈍感になってしまう。しかし、社会で発生する全ての事象はシームレスに繋がっており、人が無理にカテゴライズ(区分)しようと思っても全く意味をなさない。

特に最近ではインターネットの普及やマーケティングの高度化等により、産業間の敷居が低くなる一方だ。一部の分野で生じた変化が、瞬く間に他産業に大変革をもたらしている。

スポーツの世界に目を向けてみると、世界記録が大きく更新されるブームがどの種目にも必ず存在する。誰かが新たな方法を見いだすと、今度はアマチュアも含め、多くの選手が似たような(またはそれを上回る)記録を連発するのだ。

私が思うに、この成功のヒントは革新的な方法を見いだす選手が自らの種目をどの抽象度で捉えているのか、という点に隠れていると思うのだ。

心→技→体→道具→他のコーチ→他の選手→他のスポーツ→全く他の分野

といった具合に、自分の内側からどれだけ外側に向かって目を向け、「何かヒントがあるに違いない…」と探求できるか?こうしたアンテナを張り巡らせる選手は、好成績を生み出すばかりでなく、スランプからのリカバーも早い。

これはある意味、社会生態学者的な活動だと思う。実際に、各スポーツ界でトップレベルの選手は、自分の種目を一歩も二歩も引いた場所から観察し、自身がそのスポーツを道具に”いかにして世界に貢献できるのか”を常に考えているように映る。

このように事業においても、社会生態学者として大切なことは、”変化の渦”には入らず、常に離れたところから起きている事象を見つめ、そこで見いだした仮説を検証し、次なる行動に活かす、という一連のプロセスに責任を持つということなのだと感じた。


Today's Question.
Q:「これは仕事に関係ない。」と言いますが、本当ですか?

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12月3日”歴史は循環する。だがもとの位置に戻ったかに見えても内容はより高次のものとなる。それは螺旋状に動く。”
明日は本日の内容と重複するため、お休みとさせていただきます。明後日をお楽しみに。